画面の向こう側にも「組織」がある
デジタル環境における人間行動を研究する
Mengru Zhao
趙 夢茹 助教
SlackやTeamsは連絡手段、YouTubeやTikTokは余暇の娯楽。多くの方がそう認識していると思います。しかし、これらのプラットフォーム上では、人が集まり、役割が生まれ、暗黙のルールが共有され、メンバー同士が互いの行動に影響を与え合うという現象が日々起きています。これは、私たちが従来「組織」と呼んできた場所で起こる現象と本質的に変わりません。違いはただ一つ、それが画面の向こう側で起きているということです。
私の研究テーマは、デジタル環境における人間行動です。皆さんも、同じトピックなのにプラットフォームによってコメント欄の雰囲気がまったく違うと感じたり、オンライン会議では対面のときのように自然に発言や議論ができないと感じたりした経験はないでしょうか。こうした現象の根底には、デジタル環境が単なる道具ではなく、人の行動を形づくる場になっているという事実があります。その仕組みを解明することが、私の研究です。

多くのオンラインコミュニティでは、相手の顔が見えず匿名で参加できるため、対面よりも心理的なハードルが下がります。この特性が人の行動を大きく変えます。対面では打ち明けにくい悩みに見知らぬメンバーが手を差し伸べたり、専門知識が国境を越えて共有されイノベーションにつながったりする一方で、根拠のない情報が急速に広まったり、誹謗中傷がメンバーを深く傷つけたりもします。ただ、その原因は個々のユーザーのモラルだけでは説明がつきません。同じ人がコミュニティによってまったく異なる振る舞いをすることが実際に起きているからです。では、何が人の行動を変えているのか。私はこの問いに対して、メンバーが暗黙のうちに共有するようになったコミュニティの「文化」という環境要因に着目し、文化の測定尺度の開発から影響メカニズムの解明まで一貫して取り組んでいます。

職場のデジタル環境では、また別の力学が働いています。 SlackやTeamsが導入される前は、職場の会話はその場にいた人だけの記憶に残るものでした。しかし今、チャット上のやり取りはすべて記録され、後から誰でも検索できます。この社内コミュニケーションの可視化は、情報共有を効率化する一方で、対面の職場では見られなかった行動パターンを生み出す可能性があります。自分の発言がいつでも見返されるという意識が、率直な意見の表明をためらわせたり、周囲の反応を過度に気にした発言につながったりするかもしれません。また、近年ではAIが職場に入り始めたことで、これまで人が担っていた判断や調整の一部をAIが代替するようになり、同僚との協力の仕方そのものが変わり始めています。この変化の中で従業員がどのように行動し、組織として望ましい行動をどう促せるのかにも関心を持っています。
GSSMでは「組織心理学」と「Organizational Communication」を担当しています。「組織心理学」では、人はなぜ組織の中でそのように行動するのかを理論的に考えます。動機づけやプロアクティブ行動、組織文化といったテーマを扱いますが、それらの理論がデジタル環境でも同じように機能するのかを問い直す視点も取り入れます。「Organizational Communication」では、デジタルツールやバーチャルスペースがコミュニケーションのあり方をどう変えているのか、そこから生じる知識共有の可能性と社会課題について議論します。いずれも、皆さんが日々の職場で経験していることを理論の言葉で捉え直す授業です。

ゼミでは、オンラインコミュニティや職場のデジタル環境で起きている現象を、縦断的アンケート調査や実験などの定量的手法を用いて実証的に研究します。皆さんが仕事や日常の中で感じている疑問や違和感を出発点に、それを検証できるリサーチモデルに落とし込み、データで裏づけていくという進め方です。この分野はまだ歴史が浅く、わかっていないことの方がはるかに多いです。だからこそ、デジタル環境の中で「なぜこうなるのだろう」と立ち止まった経験のある方にこそ、この分野に飛び込んでほしいと思っています。テクノロジーのより良い利活用のために何ができるのかを、学術的なアプローチで一緒に考えていきましょう。